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【元・伊勢崎線ターミナル】東武亀戸線の時刻表考察《2017.4.21ダイヤ改正》

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この記事では、東武鉄道・亀戸線のダイヤ考察を行っています。

〈H29.4.21改正対応〉

亀戸線は、東京都江東区《亀戸》から墨田区《曳舟》に至る3.4kmの路線です。

路線概要

東武鉄道の発祥路線である伊勢崎線が1899年(明治32年)に開業した後に、浅草から都心方面への延伸が困難であったことから、迂回路として1904年(明治37年)当路線の《曳舟》から《亀戸》まで開業したのが当路線の始まりです。その際には伊勢崎線の《曳舟》から《吾妻橋》の間が廃止され、《亀戸》までのルートが伊勢崎線の本線となり、《亀戸》から旧総武鉄道(現:JR総武線)に乗り入れて《両国》まで乗り入れることにより、繁華街への乗り入れを果たしていました。*1

しかしながら、旧総武鉄道が国有化されると直通運転は中止となり、1910年(明治41年)に伊勢崎線の《曳舟》〜《浅草(旧:吾妻橋、現東京スカイツリー)》が復活開業したことによって当路線は伊勢崎線の支線、亀戸線となりました。それでも《北千住》と並んで国鉄(現:JR)路線と接続している《亀戸》は、都心側のターミナルとしての役割を担い、戦後の50年代には伊勢崎線沿線開発の好調により輸送客は増加していました。

亀戸線にとって逆風となったのは、1962年(昭和62年)から伊勢崎線と旧営団日比谷線が、2003年(平成15年)から伊勢崎線と旧営団半蔵門線が相互直通運転を始めたことでした。都心に直接乗り入れるようになったことによって旅客流動が大きく変わり、東武亀戸線の輸送客は減少、04年からは23区内ながら2両ワンマン運転が行われるようになりました。

現在では東京下町を走るローカル線として、地元の人の足となっています。近年では亀戸線復興策として、8000型車両の色を変えて遊んでかつて東武鉄道で走っていた塗装のバイバルカラー車両が運転されています。

路線設備と列車種別

駅一覧

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かつては伊勢崎線の一部であったこともあり、曳舟駅構内を除いて複線路線となっています。

種別紹介

・ [普通]

各駅に停車し、ワンマン運転が行われています。線内折り返し列車のみの設定です。

時間帯別ダイヤ・時刻表考察

朝(始発~8時代)

◇上り初電

[普通]《曳舟》5:34発→《亀戸》5:41着

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 図1.朝ラッシュ時刻表一例(曳舟駅上り)

朝ラッシュ上りの運転本数は《曳舟》→《亀戸》の間で、

  • [普通]……17本

です。おおよそ7分間隔で、[普通]のみの運転となっています。

デイタイム〜夕・夜(9時~終電)

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 図3.デイタイム時刻表一例(亀戸駅下り)

デイタイム下りの1時間あたりの運転本数は、《亀戸》→《曳舟》の間で、

  • [普通]……6本

です。片道8分の道のりの後2分で折り返し、を2編成で行い、ちょうど10分間隔となるダイヤが組まれています。日中から終電直前まで、夕ラッシュを含めこのパターンが維持されます。

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 図4.デイタイムの運転本数/1H 

◇下り終電

[普通]《亀戸》0:06発→《曳舟》0:13着

 

まとめ

  • 亀戸線はかつては伊勢崎線の発着点として本線の一部であったが、様々な要因により支線格となり、現在ではワンマン2両編成による運転となっている。いわゆる都市型ローカルと呼ばれるもので、[普通]のみ10分間隔と比較的利便性は高く、地元密着の輸送体系となっている。

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↑リバイバルカラーな東武8000系車両

本日はご覧いただきありがとうございました♪ 

 

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*1:当時の東京の繁華街といえば浅草・両国付近であった